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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3138号 判決 1973年5月10日

原告

石川厖

ほか一名

被告

高島博

ほか一名

主文

1  被告高島佐智子は原告石川厖に対し金七万一、五七〇円およびこれに対する昭和四三年四月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、被告らは各自原告石川和子に対し金一万一、〇五〇円およびこれに対する昭和四三年四月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用のうち、原告石川厖と被告高島佐智子との間に生じた部分はこれを七分し、その六を原告石川厖の、その余を被告高島佐智子の負担とし、原告石川厖と被告高島博との間に生じた部分は、原告石川厖の負担とし、原告石川和子と被告らとの間に生じた部分はこれを二分しその一を原告石川和子の、その余を被告らの負担とする。

4  この判決は主文1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「被告らは各自原告石川厖に対し金五四万七、三五〇円、原告石川和子に対し金二万二、一〇〇円および右各金員に対する昭和四三年四月八日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告

「原告らの請求を棄却する。」との判決および被告ら敗訴の場合は仮執行免脱の宣言

第二原告らの主張(請求の原因)

一  事故の発生

原告厖は、昭和四二年一月二九日午後七時一〇分頃、助手席に原告和子を乗せて小型貨物自動車(品川四さ八三一二号、原告厖所有、以下乙車という。)を運転し、環状七号線を大田方面から板橋方面に向つて走行中、東京都杉並区方南二丁目四番九号先に差しかかつた際、左側車線を同方向へ並進中の被告佐智子運転の普通乗用自動車(多五め九二四五号、以下甲車という。)が何等合図することなく、急に乙車の前方へ割込んできたため、原告厖は接触をさけるため、ハンドルを右へ切ると共に急ブレーキをかけたところ、雨のためタイヤがスリツプし、センターラインを約七八センチメートル越えて停止した。その瞬間、折りから対向してきた訴外和田輝男運転の普通乗用自動車(横浜五五四二四号、以下丙車という。)が、高速度で走行してきたため回避できず、乙丙両車は激突し、右事故により、乙車は破損され、原告和子は全治九日間を要する前頭部打撲の傷害を蒙つた。

二  責任原因

本件事故は甲車の運転者である被告佐智子が何の合図もなく急に乙車の前方へ割込んだ過失によるものであるから同被告は民法七〇九条により、被告博は甲車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであり、また被告らは夫婦であり、本件は被告佐智子が被告博の仕事のため甲車を運転中の事故であるから被告博の「業務執行中」というべきであるし、夫の為に運転した妻は民法七一五条の被用者と解されるので、被告博は自賠法三条および民法七一五条により、原告らが蒙つた損害を、また原告厖が訴外和田輝男に支払つた金員については民法四四二条により、それぞれ賠償すべき義務がある。

三  原告和子の損害

1  治療費 二、一〇〇円

原告和子が前記傷害治療のため方南病院に支払つた金額

2  慰藉料 二万円

原告和子が前記傷害のため五日間自宅で臥床しそのため蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料

四  原告厖の損害

1  乙車の修理代 一四万三、一四〇円

本件事故で破損した乙車の修理に要した費用

2  訴外和田輝男への弁済金(求償) 四〇万五、二一〇円

原告厖が本件事故による損害賠償の一部として訴外和田輝男に対して支払つた金額から自賠責保険からの填補分一〇万円を控除した金額

五  結論

よつて被告らは各自原告厖に対し五四万七、三五〇円、原告和子に対し二万二、一〇〇円および右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四三年四月八日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三被告らの主張

一  答弁

請求原因一(事故の発生)の事実中甲車が何の合図もなく右へ割込んできたとの事実は否認し、その余の事実は不知。同二(責任原因)の事実中、被告らが夫婦であることは認め、その余の事実は否認。同三(原告和子の損害)の事実中、1(治療費)の事実は不知、2(慰藉料)の事実は否認。同四(原告厖の損害)の事実は不知。

二  反論等

被告佐智子運転の甲車は、本件事故直前、本件現場付近において、先行するトラツクの直後を、少し右にずれ、すなわち、右側車線に車体の右部分が少しかかり、その右側にようやく一車が同方向へ進み得る位の余地を残して走行し、その後を更に少し右にずれて原告厖運転の乙車がかぶさるように走行していたところ、先行の前記トラツクが急停止したので、甲車もそのまま特に進路を右に変えることなく多少同車より右にはみ出した形のままでやや急に停止したが、同車が発進したのに続いて再び発進・走行したにすぎない。

したがつて、後続の乙車運転の原告厖が前方不注視・速度違反、安全運転義務違反のいずれかの過失を犯したため、甲車の停止に即応して停止できず、センターラインを越えたものであつて、被告佐智子には何の過失もない。

仮に右主張が認められないとしても、混雑する道路において車の進路変更は日常茶飯事であるしとくに本件現場はそれまで三車線を走行してきた車が、立体交差のために地下へ入る二車線に集中するため、全体に左から右へ押される形になる場所であるから、後続車の乙車運転者としてはそれに即応できるように十分注意して走行すべき義務があるのにこれを怠つたため本件事故に至つたもので、仮に被告佐智子に過失があるとしても、原告厖に比しごくわずかというべきである。

また、乙車がスリツプしてセンターラインを越えて停止した際、対向車(丙車)との距離が三〇メートル以上もあつたのであるから、原告厖としては、乙車を発進させて車線に戻すなどの回避措置が十分可能であつたのに漫然と放置したため本件事故に至つたもので、原告厖の右過失もまた極めて重大というべきである。

第四証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生と責任原因

原本の存在および〔証拠略〕によれば、次の各事実が認められる。

1  本件現場は、東京都杉並区方南二丁目四番九号先の車道幅員約二六メートル(片側三車線)、コンクリート舗装の環状七号線上であるが、同所は、中央部分が右七号線と直交する方南八幡陸橋により立体交差して、右三車線のうち、中央寄りの二車線が地下へ入る構造になつていること、本件衝突地点は右地下への下り坂の手前約五メートルの地点であること、事故当時は夜間で見通しは悪く、しかも小雨が降り路面は濡れて滑り易い状況にあつたこと。

2  原告厖は、昭和四二年一月二九日午後七時一〇分頃、助手席に原告和子を乗せて乙車を運転し、環状七号線を大田方向から板橋方向に向つて時速約四五キロメートルでセンクーライン寄りの車線を走行中、本件現場附近にさしかかつた際、左側の車線を同方向へ、わずか左前方を走行中の被告佐智子運転の甲車が、何の合図もすることなく、急に乙車の左前方へ進み寄つてきたため、驚愕した原告厖は甲車との接触をさけるため、とつさにハンドルを大きく右へ切ると共に急ブレーキをかけたが、雨のためタイヤがスリツプし、センターラインを越えて対向車線へ斜めに進入し、折から道路の左側部分のセンターライン寄りを対向して丙車を運転してきた訴外和田輝男も乙車との衝突を回避できず、乙車の左前部と丙車の右前部が衝突し、丙車はさらに走行して、甲車の後で右衝突を知つて急停止した訴外石渡祐運転の普通乗用自動車(埼五は三三一六号)に衝突して停止したこと。

3  右事故により、甲車は損壊され、原告和子は、約五日間の安静加療を要する前頭部打撲症の傷害を蒙り、事故日から昭和四二年二月一日まで方南病院で通院治療(実日数二日)を受けたこと。

以上の事実が認められる。

被告らは、甲車は、本件事故の直前、事故現場付近において先行するトラツクが急停止したのに続いて停止したことはあるが、右方へ進路を変えたような事実はない旨主張し、〔証拠略〕中には右主張に沿う部分が存在するけれども、右は前掲各証拠に照らしてにわかに措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故発生には、甲車の運転者である被告佐智子が走行中、何の合図もせず、しかも特段の事情もないのに急に右方へ進路を変え、後続並進中の乙車の左前方へ進入しようとした過失が影響を与えているもので、従つて同被告は民法七〇九条により、本件事故による損害を賠償する義務がある。また、原本の存在および〔証拠略〕によれば、甲車は、被告博の所有で、かつ同人が自己のため運行の用に供していたものと認められるので、同被告は自賠法三条により、本件事故による損害のうち、人的損害について賠償すべき義務がある。

他方、車両の運転者は特段の事情のない限り、センターラインを越えて走行してはならないところ、本件事故は乙車がセンクーラインを越えたことに最大の原因があるのであつて、特段の事情の認められない限り、同原告も本件事故発生について過失責任を問われるべき立場にあるものといわねばならない。ところで、前記認定事実によれば、本件事故は被告佐智子の進路変更を契機とすることは明らかであるが、事故当時は夜間で見通しが悪く、また降雨のため路面が滑り易い状態であり、しかも現場のすぐ先が立体交差のため、並進三車線のうち中央寄りの二車線のみが地下へ入る特殊な構造になつているため、地下道へ入る車両が同所付近で集中し、そのため並進車の進路変更という事態も十分に予想されるので、前方、左右を注視し、進路変更する車両等があるときは、それに即応して事故の発生を未然に防止すべく適切な運転操作をすべき義務があるところ、本件では、甲・乙両車の距離関係、両車のセンターラインとの間隔等についてこれを明らかにするに足りる証拠はないから、原告厖の急ブレーキ、急右転把が不可避なものであつたということができず、結局本件事故発生について原告厖は、不適切な運転操作をした過矢があつたというべきである。

ところで、〔証拠略〕によれば、原告らは夫婦であることが認められるから、本件事故に対する原告厖の前記過失を考慮すると、原告らがそれぞれ受傷あるいは物損により蒙つた損害のうち五割を過失相殺するのが相当である。

原告らは、被告らが夫婦であり、夫の仕事の為に車を運転した妻は民法七一五条一項の被用者であるので、被告博は、いわゆる使用者責任を負う旨主張するが、事故当時、被告佐智子がどのような目的事情の下に甲車を運転していたかについては、その際夫である被告博と右夫婦の二児が同車に同乗していた点を除きこれを明らかにするに足る証拠はなく、この事実だけで、被告博が民法七一五条一項に定める使用者としての責任を負うものと認めることはできないから、原告らの右主張は失当である。

二  原告和子の蒙つた損害

1  治療費

〔証拠略〕によれば、原告和子は、前記傷害治療のため二、一〇〇円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして本件事故に対する原告厖の前記過失を考慮すると、右のうち一、〇五〇円を被告らに負担させるのが相当である。

2  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、原告和子の受傷の程度、治療経過および前記原告厖の本件事故に対する過失の程度等本件に現われた諸般の事情を考慮すると、本件事故により原告和子が蒙つた精神的苦痛は一万円をもつて慰藉すべきが相当と認められる。

三  原告厖の蒙つた損害

1  乙車の修理代

〔証拠略〕によれば、原告厖は、本件事故で損壊した乙車の修理代として一四万三、一四〇円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして本件事故に対する前記原告厖の過失を考慮すると、右のうち七万一、五七〇円を被告佐智子に負担させるのが相当と認められる。

2  訴外和田輝男への弁済金の求償

原告厖は、訴外和田輝男に対する損害賠償の一部として支払つた金額から自賠責保険により填補分を控除した四〇万五、二一〇円を、共同不法行為者たる被告らに求償する旨主張している。ところで、共同不法行為者各自の負う賠償債務は、いわゆる不真正連帯の関係に立ち、その一人が出捐して被害者に損害を賠償した場合には、当該事故に対する過失割合に対応する負担部分により他の共同不法行為者へ求償し得るものと解される。しかしながら、右求償権を行使するには、現に被害者に対し弁済すべき損害賠償債務のうち、たとえその一部でも賠償すれば直ちに求償し得るものと解するのは相当でなく、自己の負担部分を超える賠償をなした場合にはじめて共同の免責を得たものとして求償権を行使しうるのを原則とすると解するのが相当である。けだし、共同不法行為の場合には、契約上の連帯債務と異なり主観的関連がなく、各異別の行為が偶々共同の結果を生じた故に責任が分担されるにすぎず、本来はそれぞれが独立の不法行為債務を負うものであるし、また求償の可否は、直接的には共同不法行為者内部の公平の問題であるが、不法行為の場合には、被害者への賠償を優先させるのが民法七一九条の法意であり、加害者らが被害者との合意等によりその損害の一部を直ちに填補すべき義務を負わないなどの特段の事情のない場合にあつては、加害者の一人が自己の負担部分に満たない範囲の弁済をしたに過ぎない場合には、他の加害者をして出捐加害者に対しその一部を償還させるよりもむしろそれを被害者への賠償に充てさせるのが相当と考えられるからである。

ところで、本件の場合訴外和田輝男が本件事故により蒙つた損害が一〇〇万円を下らず、結局原告厖の負担部分が同原告において弁済した四〇万五二一〇円を超えることが明らかであるので、原告厖の右求償の主張は理由がないというべきである。

四  結論

よつて、原告らの本訴請求のうち、原告厖において、被告佐智子に対し七万一、五七〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年四月八日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告和子において被告らに対し各自一万一、〇五〇円およびこれに対する前同様昭和四三年四月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるのでこれを認容し、右を超える部分および原告厖の被告博に対する請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用し、仮執行免脱の宣言については相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨 田中康久 大津千明)

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